作詩:佐藤春夫

   一
 木の国の五月なかばは
 推の木のくらき下かげ
 うす濁るながれのほとり
 野うばらの花のひとむれ
 人知れず白くさくなり、
 佇みてものおもふ目に
 小さなるなみだもろげの
 すなほなる花をし視れば 戀びとの
 ためいきを聴くここちするかな。
   二
 柳の芽はやはらかく太息(といき)して
 丈高くわかき梧桐はうれひたり
 杉は暗くして消しがたき憂愁を秘め
 椿の葉 日の光にはげしくすすり欷(な)く・・・
   三
 ふといづこよりともなく
           君が聲す
 百合の花の匂ひのごとく
           君が聲す
   四
 なげきつつ黄昏の山をのぼりき。
 なげきつつ山に立ちにき。
 なげきつつ山をくだりき。
   五
 蜜柑ばたけに来て見れば
 か弱き枝の夏みかん
 たのしげに
 大いなる實をささへたり。
 われもささへん
 たへがたき重き愁ひを
 わが戀の實を
   六
 ふるさとの柑子(こうじ)の山をあゆめども
 癒えぬなげきは誰がたまひけむ。
   七
 遠く離れてまた得難き人を思ふ日にありて
 われは心からなるまことの愛を学び得たり
 そは求むるところなき愛なり
 そは信ふかき少女子(おとめご)の願ふことなき日も
 聖母マリアの像の前に指を組む心なり。
   八
 死なむといふにあらねども
 涙ながれてやみがたく
 ひとり出て佇(たたず)みぬ
 海の明けがた海の暮れがた
 ーーただ青くとほきあたりは
 たとふればふるき思ひ出
 波よする近きなぎさは
 けふの日のわれのこころぞ。

試聴

メソソプラノ 野々下由香里
録音 2004/2/5 サントリーホールにて





詳細

  • 初演:2003/05/25
  • 東京音楽学校旧奏楽堂 第14回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門入選
  • JFC出版記念演奏会「日本の作曲家2004」(サントリーホール)

 

楽譜はこちらで販売しています。